井の頭公園

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相も変わらず、法律に関する文章を書くことが出来ない弁護士の山本です。

今回も、私が若かりし頃に観ていたテレビドラマについて述べようかと思います。

そのドラマですが、1975年から1年間、日本テレビ系で放送された「俺たちの旅」というタイトルの当時の日本テレビお得意の青春ドラマです。

このドラマは、鎌田敏夫氏の脚本で「飛び出せ!青春」「われら青春!」という高校を舞台にした学園ドラマから、ワンステップ上がった大学生を主体に「旅」なる表現を用いて当時の若者の悩みや喜びを浮かびあげようとしています。

この舞台となった1975年は、未だ日本や世界で学園紛争等の色々問題が起こっていた時代から時間がそれ程経ていないことから、現代の多くの若者のように世の中に達観というか無関心ではいられない時代だったような気がします。

そんな時代の性格の異なる2人の大学生、ばんからのカースケを中村雅俊氏、生真面目な同級生のオメダを田中健氏、それとちょっとふざけた会社員グズ六を秋野太作氏(当時は津坂まさあき)の3人と、オメダの妹真弓を岡田奈々さん(AKBではありません)を中心とした所謂青春ドラマです。

もう一人、カースケの恋人の洋子として金沢碧さんが出演していましたが、途中で亡くなってしまうという設定でドラマから消えていきました。

その舞台として、東京の西部の23区外の武蔵野市と三鷹市にまたがる東京都立の井の頭公園が選ばれました。

実は、私は東京で生まれ育ったのですが、世田谷区という東京でも西部に位置し、そんな関係で幼稚園や小学校の遠足等で井の頭公園には行く機会が結構ありました。

そこには、ボート場、テニスコート、野外ステージ等の施設、自然文化園(動物園、水生物園)が、またドラマが行われた時代にはなかったものの近時、三鷹の森ジブリ美術館が創られました。

この井の頭公園の最寄り駅に吉祥寺駅があり、吉祥寺は今や住みやすい街として人気のエリアとなっています。

確かに東京の中では,比較的自然が潤沢にあり、牧歌的とは言えない迄も、都会の喧騒からは逃れられると言えるかもしれません。

このような自然環境を舞台にして、多感な年齢の大学生たちの生きる事に関し懊悩する様子を取り上げたため、同世代の若者たちの共感を呼びドラマとしてもヒットしました。また東京に出ようとした地方の若者が、ドラマの舞台の井の頭公園近くのアパートに住みかを求めるような事になりました。

ところで、何故こんな古いドラマを思い出したかといえば、自宅で取っている新聞の文化欄に「俺たちの旅」が50年を経て、初の映画化がなされるという記事を読んだからです。

映画の内容としては、50年前には大学生だった若者が、今どんな人生を送っているのかを取り上げて、それこそ「俺たちの旅」は、どのような旅であったかを描こうとしていくようです。

そこには、ドラマの懐かしさとともに、若かりし頃から現在に至るまでの私自身の旅に対する懐かしさもこみあげてきました(もっとも、1975年には、私自身は既に大学は卒業していましたが・・・・)。

この映画化に関しては、ドラマのメイン監督であった斎藤光正氏が亡くなっていることから、カースケ役の中村雅俊氏が初メガホンを取ることになったようです。

なお、ドラマでは途中で死んだ洋子役の金沢碧さんですが、映画化には出演するらしいです。

この映画が無事完成し、映画館で上映するようになったら、自分の旅を思いだすためにも真っ先に観に行こうと思っています。